私たちは日ごろ、子どもたちと接するときに、意識しないでいろいろな言葉を使っています。皆さんも経験があると思いますが、子どもが言葉を覚えだすころには、知らず知らずに使っている親の口癖をオウムがえしに真似されて、思わずみんなで大笑いしたり、ときには冷や汗をかいたりしましたよね。
  子どもたちは、周囲の大人たちのたくさんの言葉を日々吸収しながら育っていきます。これを、学校や幼稚園での「意識的な教育」に対して、「無意識的な教育」といいます。子どもたちの人格形成の上では、この「無意識的な教育」が意識的な教育よりも、はるかに大きな影響をもっていると言われています。あまりまじめに考えるぎると、子どもたちの前でうっかり何も話せなくなってしましますが(笑)日ごろ何の気なしに使っている「言葉」を、ときに見直してみるのも有意義なことではないでしょうか。
  そこで、記念すべき園長のコラム第1回!のお題は、「キレイってなんだろ?キタナイってなんだろ?」です。「キレイ」「キタナイ」どちらの言葉も、私たちが子どもたちの前で、日々それこそ何十回、何百回も使っている言葉ですが、とても大切な言葉だと思います。と言うのは、周囲に大人たちがどんなときに「キレイだね」と言い、とんなときに「キタナイよ」と言うのか、子どもたちがそれぞれの価値観を形成していく上で、きっと大きな影響があると思うからです。
 
それではまずは、「キレイ」なもの、探してみましょう。
 幼稚園の花壇には、春になるとチューリップがいっぱい咲きます。
 あか、きいろ、しろ、むらさき・・・とても「キレイ」です。
 空を見上げると、境内の銀杏の葉が緑色です。
 ちょうど入園式の頃、枝という枝からいっせいに新緑の葉が芽吹いてくるときが、一番「キレイ」だと思います。
 秋には、銀杏の葉がいっせいに黄色く色づきます。
 秋晴れの青い空に銀杏の黄色がよく合います。園庭は、落ち葉で黄色いじゅうたんを敷いたようです。
 子どもたちを取り巻く身近な世界に、たくさんの「キレイ」があります。ひとつひとつの小さな「キレイ」を見つけて、「キレイだね」と言葉にしていきたいものですね。

 

さて、お次はこれ。
 子どもたちは、それぞれ自慢のどろだんごを「きれいでしょ」と見せに来てくれます。みんなじょうずに「キレイ」なまん丸の泥だんごを作ります。根気よく磨き上げると、ぴかぴかになって「キレイ」です。
 今度は、どろだんごの製作風景。
 お砂場で、なにやら一生懸命こねこねしているあかぐみさんです。
 手はどろだらけ。さあ、おへやに帰る前に、手を洗いましょう。
 こんなとき、私たちはよく、無意識に「キタナイ」から手を洗ってらっしゃい、なんて言ってしまいます。でも、どろって「キタナイ」のかな。お砂場は「キタナイ」ってことかな。「キタナイ」からじゃなくて、手がどろんこだから手を洗ってこようね、と声をかけたいな、と私たちは思います。なんでもないことみたいだけれど、大事なことだと思います。