| さて、幼稚園で子どもたちは、何かを作ることを通じて、自分自身が何かを作り出すことができる存在だということを、日々確認しています。それでは、私たち大人は、日々の生活の中で、自分自身を何かを作り出すことができる存在だと感じているでしょうか。 |
| 現代社会は、人々の役割が細分化して、生活に必要なものを自分自身の手で作り出すことがなくなりました。早い話が、毎日の食卓に並ぶ食べ物は、お父さんが海で釣ってきた魚なわけではないし、お母さんが畑でとってきた野菜ではありません。(もしかしたら釣りに行ったかもしれないし、家庭菜園で収穫したかもしれないけど、今はそういう例外的な話をしているわけではないので、よけいな突っ込みはしないように・・・笑)住んでいる家も、家具も道具も、身の回りのものはすべて、知らない誰かの作ったものです。 「自分の生活を支えているものが作られるプロセスが見えない」というのは、子どもたちが育っていく過程で、実は大きな問題なのではないか、とこのごろ思います。何年か前、幼稚園でこんなことがありました。 詳しい状況は忘れましたが、ままごと用の机か何かが壊れてしまいました。そうしたら、ある子どもが「買ってくればいいよ」といいました。もちろん悪気はありません。もしかしたら、私ががっかりしているといけないと、励ますつもりで声をかけてくれたのかもしれません。ただ、子どもたちにとっては、ものを手に入れるというのは、すなわち買ってくるということなんだ。という事実を目の当たりにして、私は少なからずショックを受け、思わずこう言いました。 「買わなくてもいいよ。作ればいいんだよ。」 そして、Y先生が子どもたちといっしょに牛乳パックで、こんなすてきなソファーとスツールを作りました。 |
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子どもたちは、「うわあ、ほんとにソファーができたね」と目を輝かせました。私は、子どもたちに「作ればいいんだよ」ということを伝えることができて、うれしく思いました。 |
| さて、こうなったら私も負けてはいられません。というわけで、去年はじめて縁台を作りました。子どもたちもみんなで色塗りを手伝ってくれました。白状すると、実は工作は子どものときから「大っ嫌い」だったのですが(汗)やってみると楽しいものです(笑) みなさんも夏休みになにか作ってみませんか。 |
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